― 理性を理解したうえで、ちゃんとバカをやる勇気。


「チキンの皮だけ弁当」「アメリカンドッグの根元だけ弁当」。
……もう、名前の時点で笑わせにきてる。
けれどこれ、ドン・キホーテの『偏愛めし』という真面目な企画だ。
“みんなの75点より、誰かの120点”を掲げ、あえて普通を捨ててきた。
おふざけに見えて、実はマーケティングの核心を突いている。
本稿では、そのバカバカしさの中に潜むロジックを、笑いながら真面目に分解していく。
1|ドンキが放った“皮だけ”という狂気

まず、見てほしい。
チキンの皮だけ弁当。
文字通り、肉はない。皮オンリー。
それを弁当として成立させている時点で、もはや哲学。
「これ、正気か?」とツッコミたくなるが、
“皮こそが本体派”の人間にとっては、待ちに待った革命弁当なのだ。
ふつう、会議で誰かが言う。
「いや、それ商品にならないでしょ」
でもドンキは、“止める人”を置いてきた。
その潔さがすでに美しい。
2|マスなんてどうでもいい、“偏愛”の設計思想

ドンキのキャッチコピーはこうだ。
「みんなの75点より、誰かの120点。」
要するに、「全員に好かれなくていい」という宣言だ。
これが今のマーケティングにおいて、実は最もロジカル。
SNSの時代、万人ウケなんて幻想だ。
“わかる人だけ刺さればいい”のほうが広がる。
偏愛めしは、それを弁当で証明してしまった。
共感はいらない。熱狂だけあればいい。
3|STPを“ちゃんと理解してから”ぶっ壊してる

ふざけてるようで、構造はきっちりしている。
STP分析で見ると、驚くほど王道だ。
- Segmentation: 普通を好む層は対象外。 「変なこだわりがある人」だけを狙う。
- Targeting: Z世代〜30代、SNSで“わかるやつだけ笑え”精神の人たち。
- Positioning: 「社会の行儀よさから一歩抜け出した自由」。
ドンキはSTPを理解したうえで、あえて“理屈を無視したフリ”をしてる。
この、「わかってて外す」感じが一番センスある。
4|ペルソナ:理解されなくても笑えるやつ
想定顧客を人にすると、だいたいこうだ。
名前:ミナト(27)
職業:デザイナー
趣味:深夜のラーメン、サウナ、X(旧Twitter)
性格:「バカだな〜」って言われるのが褒め言葉。
口ぐせ:「いや、俺は“皮だけ派”だから。」
ミナトにとって、偏愛めしは“自分の偏屈を肯定してくれる友達”みたいな存在。
SNSで投稿して、「わかる」「それ最高」と言われるたびに、
少しだけ自分を許せる。
偏愛めしは、そんな「孤独なこだわり」への理解装置なのだ。

5|4Pに見る、ドンキ的マーケティングの完成形
| 要素 | 偏愛めしの中身 | 解釈 |
|---|---|---|
| Product | チキンの皮だけ、ポテト山盛り。 | 理性を超えた“欲望の具現化”。 |
| Price | 500円前後。 | 罪悪感を感じないギリギリライン。 |
| Place | 店頭販売オンリー。 | 「偶然出会う」こと自体が体験価値。 |
| Promotion | 「みんなの75点より、誰かの120点」。 | コピー自体がSNS拡散の燃料。 |
全部、狙ってる。
全部、ふざけてる。
でも全部、ちゃんと通ってる。
ドンキは“マーケティングの型”を知ったうえで、
そこに人間くさい衝動を流し込んでいる。
6|ブランドとしての“カオスの正当化”

ドンキって、そもそも「秩序を破壊することがアイデンティティ」なブランドだ。
通路は狭く、POPはうるさく、棚はカオス。
でも、なぜか落ち着く。
偏愛めしは、そのブランド哲学を弁当に翻訳しただけだ。
ブランド・アーキタイプで言うなら、
- The Rebel(反逆者):常識を壊す。
- The Jester(道化):笑いで世界をひっくり返す。
- The Creator(創造者):くだらなさを芸術に変える。
ドンキはこの三つを、見事に同居させている。
つまり、「バカっぽいけど、よく見るとロジカル」。
偏愛めしは、その象徴的プロダクトだ。
7|“共感”より“共鳴”を狙え
偏愛めしのヒットは、マーケティングの地殻変動を示している。
これまでは「共感(empathy)」を狙え、と言われていた。
でも今は、「共鳴(resonance)」の時代。
- 共感:わかる、でもすぐ忘れる。
- 共鳴:理解できなくても、心が動く。
偏愛めしは、理解されなくても心を動かす。
──それが一番強い。
みんなに理解されるより、
「それ最高すぎ」と叫ぶ人が10人いればいい。
8|理性を超える設計力
偏愛めしは、ただの思いつきじゃない。
理性を理解している人間が、ちゃんと理性を超えて設計している。
健康志向でも、エシカルでも、DXでもない。
人間のどうしようもなさを、肯定する商品。
それをマーケティングとして成立させるには、
分析よりも“覚悟”が必要だ。
「バカをやるには、頭がいる。」
これが、ドンキの戦略の本質だ。
9|結論:“ふざけた戦略”こそ最もロジカル
偏愛めしを見て笑った人たちは、気づかないうちにブランドの世界観に巻き込まれている。
笑う=参加している、ということだ。
ブランドの最終形は、広告でも口コミでもなく、笑われることだ。
笑われてなお愛される商品は、最強だ。
「みんなの75点より、誰かの120点。」
企業がこれを本気で言えるようになったとき、
マーケティングはもっと面白くなる。
