はじめに|AI競争は「性能」ではなく「構造」で決まる
生成AIをめぐる競争は、しばしば「どのモデルが一番賢いか」「どの企業が覇権を握るのか」といった形で語られる。
しかし、実際に世界トップ企業が向き合っているのは、もっと地味で、しかし逃げられない問題だ。
計算資源という制約を、誰がどこで押さえるのか。
AI競争の本質は、モデル性能そのものではなく、
・どの計算資源を
・どの前提条件で
・どの程度コントロールできるか
という戦略設計にある。
本稿では、NVIDIA、Google、そして自社チップという三つの動きを軸に、AI競争がどのような「戦略構造」を持って進んでいるのかを整理する。
前提として:
本稿は、生成AIにおける事前学習と推論の違いとGPU・TPU・LPUの違いを前提として書かれている。基礎的な理解があると、より深く読み解ける。
第1章|NVIDIAはなぜAI競争の中心に立ち続けているのか
NVIDIAがAI競争の中心にいる理由は、GPUの性能が高いからだけではない。
同社が支配しているのは、計算そのものの前提だ。
CUDAによる事実上の標準化
・研究からプロダクトまで一貫して使われる開発環境
・学習と推論の両方をカバーする汎用性
・数学/最適化/並列化の世界では「まずCUDAで全部書く」ことが標準
この結果、企業は「GPUを選んでいる」のではなく、NVIDIAが定義した計算モデルに乗っている状態になる。
重要なのは、これは技術的な優位ではなく、交渉力の問題だという点
一度この前提に乗ると、
・代替は高コスト
・切り替えはリスク
・供給制約の影響を受けやすい
という構造が生まれる。
GPUの「汎用性」という戦略
GPUは、学習から推論まで、研究からプロダクトまで、すべてこなす「万能選手」である。
万能であるがゆえに、LPUやTPUのような尖った最適解も内包しつつ進化する余地がある。
つまり:
GPUの強さ = 制約の少なさ × エコシステムの厚さ × エッジ〜クラウドまでの適応力
第2章|GoogleのTPU外販は何を変えたのか
この構造に揺さぶりをかけたのが、GoogleによるTPUの外部提供だ。
TPUは「GPUの代替」ではない
TPUは、Google自身のワークロードに最適化された、前提条件の違うチップである。
TPU外販の戦略的意味は明確だ。
「NVIDIAを使わなくてもAIは動く」
という選択肢を、市場に可視化したこと。
これはNVIDIAの支配を崩すためというより、依存度を下げるためのカードを持つという意味合いが強い。
さらに重要なのは、これから推論が重要になる時代を見据えた戦略だという点である。
AIが社会に広がるほど、ボトルネックは「学習」から「推論」へと移る。推論では、バッチサイズがある程度大きく、モデル形状が固定され、レイテンシよりスループットを重視する条件下で、TPUはGPUよりも推論効率が良い。
つまり、TPU外販は単なる「選択肢の提示」ではなく、次の時代(推論中心の時代)における優位性を先取りする動きでもある。
TPUはあくまでGoogle Cloudと一体で成立する戦略
GPUと同じ土俵で競うものではなく、クラウド戦略の延長線として位置づけるのが正しい。
TPU外販の実際
現時点で確認できるTPU採用・検討企業:
・Anthropic:Claude系モデルでGoogle Cloud TPUの利用を大幅に拡大(最大1GW相当、100万TPU規模)
・Meta Platforms:自社データセンターへのGoogle TPU導入を検討・協議中
・Kakao:Google Cloud TPUをAIモデル推論などに利用
これらは単なる試験導入ではなく、数年スケールの戦略的採用に向けて動いている。
第3章|それでもNVIDIA依存が続く理由
TPUという選択肢が登場しても、NVIDIA依存が急速に崩れたわけではない。
理由はシンプルだ。
エコシステムが完成しすぎている
・人材、ツール、運用がGPU前提
・推論も含めた汎用性が高い
・CUDAによる事実上の標準化
重要なのは、依存が続くこと自体が、企業にとってリスクになり始めたという点
技術的に負けているからではない。
戦略的に「一点依存」が危険になってきた。
第4章|NVIDIAによるGroq取り込みが示すもの
この文脈で起きたのが、NVIDIAによるGroqの実質的な取り込みだ。
GoogleのTPU外販がもたらした脅威
Googleが、TPUで開発・提供したGeminiに大幅な進化が見られ、さらにそのTPUを外販し始めた。
これはNVIDIAにとって明確な脅威シナリオである。
・技術的優位性:推論においてTPUがGPUより効率的な条件下で動作
・エコシステムの拡大:Anthropic、Metaなど大口顧客がTPUを採用
・次の時代への先取り:推論が重要になる時代を見据えた戦略
つまり、NVIDIAは「推論の世界でTPUに置き換えられる」というリスクに直面していた。
NVIDIAの打ち手:Groq取り込み
この脅威に対するNVIDIAの打ち手が、Groqの実質的な取り込みである。
Groqは推論特化型のアーキテクチャ
LPUと呼ばれるその思想は、GPUとは真逆に近い。
・柔軟性を捨てる
・決定論的に処理する
・低レイテンシを最優先する
これは「次の主戦場が推論になる」ことを前提にした設計思想だ。
NVIDIAがこれを取り込んだ意味
推論の世界でも、前提条件を握りにいった
GoogleのTPU外販という脅威に対して、NVIDIAは「推論特化の優位性」を自ら取り込むことで対抗した。
結果として、「NVIDIAを避ければ推論で優位に立てる」という逃げ道は、さらに狭まった。TPUという選択肢があっても、推論の世界でNVIDIAを完全に回避することは難しくなった。
NVIDIAの戦略(技術的に見ると)
NVIDIAは、LPUの思想をGPUに「部分的に取り込む」方向で動いている。
つまり:
・完全なLPUにはしない
・でもデータ移動を減らす
・決定論パイプラインを増やす
・推論専用モードを作る
「LPUを潰す」のではなく「LPUの優位性を薄める」
第5章|大口顧客はなぜ自社チップを検討し始めたのか
この状況に最も敏感なのが、AIを本格運用する大口顧客だ。
彼らが恐れているのは、技術の遅れではない
・供給制約
・価格交渉力の低下
・ロードマップを他社に握られること
そこで出てくる選択肢が、自社チップ(カスタムASIC)である。
よく誤解されるが、彼らはGPUを作りたいわけではない
制御点を取り戻したいだけだ。
自社チップ開発の実際
現時点で確認できる動き:
・OpenAI:Broadcomと10GW級のカスタムAIアクセラレーター/チップ設計で複数年協業(2026〜2029年にかけて大規模インフラで導入予定)
・Google:TPUを自社で設計・運用(Broadcomが設計パートナー)
・Meta / ByteDance:BroadcomとカスタムAIチップを共同開発・検討している可能性(複数分析で示唆)
これらは、NVIDIA依存を下げるための戦略的動きである。
第6章|BroadcomとTSMCという競争の外側にいる存在
自社チップ戦略において、静かに重要性を増しているのがBroadcomだ。
Broadcomは設計パートナーとして位置づけられている
・Google TPU
・OpenAIのカスタムASIC
・大手AIプレイヤーのカスタムチップ
の設計パートナーとして、複数の大口企業の戦略的な芯片開発を支えるポジションを握っている。
これは非常に戦略的に美しいポジションだ
NVIDIAが強くても
NVIDIA依存を減らしたい動きが進んでも
仕事が減らない
Broadcomは、AIインフラの「設計中心」という稀有な立場を確立しつつある。
一方、最終的に誰も避けられないのがTSMCである
GPUでも、TPUでも、自社ASICでも、製造という物理的制約の関所を押さえている。
競争の勝敗がどう転んでも、TSMCは構造の中に残り続ける。
第7章|なぜ今後は「推論」がより重要になるのか
AIの計算は、大きく二つに分かれる。
・事前学習
・推論
事前学習は巨大だが回数は限られる。
一方、推論は一回あたりは軽いが、回数が爆発的に増える。
AIが社会に広がるほど、ボトルネックは「学習」から「推論」へと移る
これは技術の話であると同時に、コスト・電力・レイテンシを巡る戦略の話でもある。
用途別の選択指針
| 領域 | 勝ち筋 |
|---|---|
| 学習 | NVIDIA / TPU |
| 大規模バッチ推論 | TPU |
| 低レイテンシAPI | GPU(最適化) / LPU |
| エッジ推論 | LPU系 |
重要なのは「どれが勝つか」ではない。
どの前提条件で、どれを選ぶか。
これは技術選定ではなく、企業の競争戦略そのものだ。
おわりに|構造を理解するということ
AI競争は、まだ決着していない。
そしておそらく、単純な勝ち負けでは終わらない。
だからこそ重要なのは、いま何が起きていて、どこに制御点があるのかを理解することだ。
この構造を押さえると:
・AIをどう使うか
・AIをどう組み込むか
・AIをどう距離を取るか
・そして結果として、どの企業が構造的に強いか
が見えてくる。
未来を当てる必要はない。
構造を理解して、構える。
それが、AI時代における最も現実的な戦略だ。
