― ドンキは「新規」ではなく「既存顧客の熱狂深化」を狙った

チキンの皮だけ、アメリカンドッグの根元だけ。
見た瞬間に笑ってしまう──けれど、笑いながらもどこかで「なるほど」と唸らされる。
ドン・キホーテの「偏愛めし」は、バズ狙いの奇抜商品ではない。
むしろ、ドンキをすでに愛している人たちを“もう一段好きにさせる”戦略である。
アンゾフの成長マトリクスでいえば、「既存顧客・市場 × 新商品」。
つまり、“新しい顧客を増やす”ではなく、“既存顧客の深掘りで成長する”マーケティング施策だったのだ。
1|ターゲットは“ドンキのノリがわかる人”
2023年10月27日、PPIH(ドン・キホーテ運営会社)は新ブランド「偏愛めし」を発表した。
キャッチコピーは
「みんなの75点より、誰かの120点。」(PPIHリリース, 2023/10/27)
この一文が、すべてを物語っている。
“全員がそこそこ満足するもの”を捨て、“特定の層が心底ハマるもの”に振り切る。
そしてこの思想を支えるのが、グループ会社カネ美食品株式会社との協業だ。
「食にこだわりを持つ人が“自分の好き”を選べるように」という開発コメントには、
ドンキの“笑い”とカネ美の“品質”が交わる設計思想が見える。
偏愛めしは、“ふざけているようで手を抜かない”という、
まさにドンキの文化そのものを体現したブランドなのだ。
2|アンゾフの成長マトリクスで見る偏愛めし
マーケティング理論の古典、アンゾフの成長マトリクスで見てみよう。
| 既存商品 | 新商品 | |
|---|---|---|
| 既存顧客・既存市場 | 市場浸透 | 製品開発(=偏愛めし) |
| 新規顧客・新市場 | 市場開拓 | 多角化 |
「偏愛めし」は、明らかに右上の“製品開発”領域に属している。
PPIHのリリースによれば、2023年11月1日から全国358店舗で順次販売を開始。
これは“テストマーケティング”ではなく、
すでにブランド浸透度の高い市場で“即展開”する設計だ。
新しいお客さんを連れてくるより、
いま来ているお客さんにもう一つ買ってもらう。
これこそ、アンゾフの基本原理を地で行く戦略だ。
3|“ついで買い”に仕込まれた設計思想

ドンキの店内は、いつだって“衝動買いの遊園地”だ。
POPが踊り、BGMが煽り、動線が迷路のように絡み合う。
そのカオスの中で、偏愛めしは「最後のひと押し」の役割を果たす。
価格帯はワンコイン前後。
つい手が伸びる心理的軽さがあり、“面白いからついでに買ってみよう”がそのまま売上になる。
しかも、ただのネタではない。
2024年の「惣菜・弁当グランプリ」では、
葉わさびポテトサラダが金賞を受賞している(Digital PR Japan, 2024/02/15)。
つまり、“ふざけているのに、味は本気”。
ドンキ的エンタメと食品品質の両立が成立している。
笑いながら、ちゃんとうまい。
──それが、リピートを生む。
4|バズは「目的」ではなく「結果」
SNS上では「チキンの皮だけ弁当買ってみたw」などの投稿が相次ぎ、リリース直後から話題化した(ITmedia, 2024/03/14)。
だが、このバズはあくまで副産物。
PPIH側がSNSキャンペーンを仕掛けたわけではなく、むしろ“自然発火”に近い。
ドンキが想定していたのは、「誰もが笑うもの」ではなく、“ドンキを理解している人だけ笑う”共鳴型構造。
共感ではなく、共鳴。

それが結果的に外部のSNS圏にも波及し、「#偏愛めし」が一気に広がった。
バズは、作り出されたものではない。
共鳴の総量が溢れた結果、勝手に拡散した。
5|数字が示す“笑いの経済性”
偏愛めしはネタ商品のように見えて、非常に合理的な「客単価向上の装置」として設計されている。
- 来店頻度を変えずに購買点数を増やす
- 低単価ゆえ在庫リスクが小さい
- 既存来店済み顧客を狙い、SNSによる自然拡散での新規顧客獲得により販促費をほぼゼロ化
その結果、発売から約4か月後には
月間売上1億円を突破(ITmedia, 2024/03/14)。
ワンコイン商品群でこの数字は異例だ。
さらに、2024年10月には累計400万個・売上約12億円に達したと報じられている(ITmedia, 2024/10/31)。
これは単なる一発ネタではなく、回転型のビジネス構造として成立していることを示す。
笑いが、経済を動かしている。
6|“シリーズ的立ち上げ”としてのブランド設計
リリース当初から、偏愛めしは単発商品ではなかった。
発表時点で複数メニューが同時展開され、
「1月には弁当、2月以降はパスタやサラダなどを順次発売予定」
と明記されている(PPIHリリース, 2023/10/27)。
この記述が示すのは、最初からシリーズブランドとして立ち上げられていたということ。
その後も、人気商品8種の増量キャンペーンなど、需要に合わせたアップデートが続いている。
つまり偏愛めしは、バズを一過性で終わらせず、
「熱狂を維持しながら改善する」リアル店舗型のPDCAを回している。
7|結論:偏愛は戦略、笑いは構造
ドンキの「偏愛めし」は、
“おもしろいことをやった”ではなく、
“おもしろさを構造に組み込んだ”ブランドだ。
- ターゲット:既存顧客(ドンキを利用している層)
- 戦略軸:既存市場 × 新商品(製品開発戦略)
- 構造:ワンコイン × 衝動買い × SNS自然拡散
- 成果:月間1億円 → 累計12億円の実績(低コスト拡散型)
マーケティングとは、理性と感情の両輪で動くもの。
そしてドンキはそれを、笑いで設計した。
成長とは、新しい顧客を探すことではなく、
既存顧客の中にまだ火をつけていない領域を見つけること。
笑わせながら、きっちり儲ける。
──それが、ドンキという企業の“偏愛”だ。
