Z世代はなぜ「スタバ」より「ゴンチャ」を選ぶのか? ——求人倍率10倍を生み出す、“部室化”するカフェ市場のSTP戦略

ゴンチャ

「スタバってなんか静かすぎて緊張しない? ゴンチャの方がガヤガヤしてて、周り気にせず喋れるから楽なんだよね」

Z世代の若者から、そんな声が聞こえてくる。

かつて、カフェの正解はスターバックスだった。
MacBookを開き、静かにコーヒーを啜る。そこは誰もが自分の世界に没頭できる、洗練された“静寂の聖域”だったはずだ。

しかし今、風向きが変わっている。
ゴンチャ(Gong cha)の店舗を見てほしい。

制服を着た学生たちが列をなし、手にはカラフルなドリンク。
店内は話し声と笑い声で溢れ、いわゆる「スタバ的な静寂」はどこにもない。

けれど、これこそが彼らの求めていたサードプレイスの新しい形なのだ。

なぜ、後発のタピオカ屋が、絶対王者スタバのシェアを奪えたのか?
そしてなぜ、その店舗には求人倍率10倍もの応募が殺到するのか?

その答えは、STP分析における「徹底的なズラし」と、ジョブ理論による「顧客解像度の高さ」にある。

これは単なるタピオカブームの再燃ではない。
マーケティング戦略が、採用という経営課題までも解決してしまった、鮮やかなビジネスケースである。


1|「属性」を見るな、「状況」を見ろ

まず、多くの大人が誤解していることがある。
「若者はコーヒーより甘いお茶が好きだから、ゴンチャに行く」という短絡的な解釈だ。

もしそうなら、スタバが「甘いフラペチーノ」を出せば勝てるはずだ。
しかし、現実はそうならない。

ここで必要なのが、ジョブ理論(Jobs to be Done)の視点だ。
顧客は商品を購買しているのではなく、「特定の状況における進歩」を買っている(雇用している)。

スタバとゴンチャは、そもそも「雇用されているジョブ」が全く違うのだ。

  • スターバックスが解決するジョブ
    • 状況:一人で集中したい、仕事モードに切り替えたい、リラックスしたい。
    • 解決したい課題:「私を、知的で生産的な状態にしてほしい(Quiet & Focus)」
  • ゴンチャが解決するジョブ
    • 状況:放課後、友達とおしゃべりがしたい、プリクラを撮ったテンションのまま過ごしたい。
    • 解決したい課題:「仲間との会話をもっと盛り上げ、楽しい時間を共有させてほ
ゴンチャで若者が話す様子

スタバの価値は「静寂」と「洗練」。
だからこそ、友達とワイワイ騒ぎたい若者にとって、スタバは「緊張を強いられる場所(=マナー違反になる場所)」になってしまう。

一方でゴンチャは、その「ノイズ」を許容した。
彼らが提供しているのはお茶ではない。「気兼ねなく仲間と盛り上がれる空間」という免罪符だ。


2|“図書館”の隣に“部室”を作るポジショニング

このジョブの違いを、STP分析のPositioning(立ち位置)で整理すると、ゴンチャの戦略の鋭さが見えてくる。

もしカフェ市場を学校に例えるなら、こうなる。

  • スターバックス = 「図書館」
    • 静か。知的。個人主義。先生(バリスタ)がいる。
  • ゴンチャ = 「部室」
    • 賑やか。感情的。集団主義。仲間(クルー)がいる。

スタバが「図書館」としての地位を盤石にすればするほど、そこからこぼれ落ちるニーズが生まれる。
「もっと大きな声で笑いたい」「もっと自由に振る舞いたい」。

ゴンチャは、王者が構造的に取れない「部室」というポジションを、がら空きのブルーオーシャンとして発見したのだ。

スタバの隣に出店してもゴンチャが勝てる理由はここにある。
機能(カフェ)は競合していても、情緒(用途)が競合していないからだ。


3|“失敗したくない”けど“個性を出したい”Z世代の矛盾

さらにゴンチャは、Z世代特有のインサイトも攻略している。
それが「カスタマイズ」の再定義だ。

スタバのカスタマイズ(呪文のようなオーダー)は、知識が必要な「ハイコンテクストな遊び」だ。
初心者にはハードルが高く、「失敗して恥をかきたくない」Z世代には心理的負荷がかかる。

対してゴンチャのカスタマイズは、
「甘さ」「氷の量」「トッピング」を選ぶだけの「選択式の遊び」

  • 正解がないから、失敗しない。
  • けれど、「自分で選んだ」という自己効力感(Agency)は得られる。
  • 「今日は推しのカラー(赤)を入れる」といった“推し活文脈”での自己表現も可能。

失敗はしたくない。でも、没個性も嫌だ。

そんなZ世代のワガママな矛盾を、UI(注文体験)レベルで解決している。
これが、彼らがゴンチャに熱狂する理由だ。

数字もそれを証明している。
ゴンチャ ジャパンは、グローバル全体の売上の約2割を叩き出し、1店舗あたりの売上は韓国の約2倍と言われる。
この高収益体質は、戦略が顧客のインサイトに深く刺さっている証拠である。


4|マーケティングが完了した時点で、採用も完了している

そして、このマーケティング戦略は、経営にとってさらに大きな資産を生んだ。
それが採用力だ。

ビジネス誌の報道によれば、ゴンチャの求人倍率は約10倍に達するという。(出典:PRESIDENT ONLINE
飲食業界が未曾有の人手不足に喘ぐ中で、これは異常値だ。

なぜ若者は、スタバではなくゴンチャで働きたいのか?
実はここにも、経営陣による周到な計算がある。

経営陣の意図:「スタッフをコンテンツ化せよ」

ゴンチャジャパンの経営陣は、髪色やネイルの自由化について、「単なる規則緩和ではない」と語っている。
意図しているのは、「ハッピーに働くスタッフの姿そのものを、店舗のコンテンツにする」という戦略だ。

  • 従来の店舗運営:
    スタッフは黒子。マニュアル通りに動き、個性を消すことが「品質」だった。
  • ゴンチャの戦略:
    スタッフはキャスト。彼らが自由な髪色で楽しそうに働く姿が、来店客に「ここは自由な場所だ」というメッセージを伝える。

つまり、従業員の満足(EX)が、そのまま顧客への広告(CX)になっているのだ。

現場のリアル:「推し」になりたい若者たち

その戦略は見事にハマっている。
SNSや求人応募の現場では、スタバとは全く異なる志望動機が語られている。

  • 「クルードリンク」への熱量:
    ゴンチャには勤務時にドリンクが飲める制度がある。「毎日通うほど好きだから、これ目当てに入った」という、純粋な商品ファンからの応募が後を絶たない。
  • 「憧れ」の対象の変化:
    SNS上では、「推しの店員さんがいて、その人みたいになりたくて応募した」という声や、自身の制服姿を投稿して楽しむスタッフが溢れている。彼らにとってゴンチャのクルーになることは、労働ではなく「憧れのコミュニティへの参加」なのだ。

最強の循環「ファンベース採用」のフライホイール

この現象を整理すると、以下のような「正の循環(フライホイール)」が回っていることがわかる。

  1. 【体験(CX)】 若者がゴンチャで「美味しい」「自由でおしゃれ」な体験をする。
  2. 【憧れ(Aspiration)】 楽しげに働くスタッフを見て「自分もああなりたい」と感じる。
  3. 【応募(Hiring)】 熱量を持った「ファン」が応募してくる(求人倍率10倍)。
  4. 【活躍(EX)】 ブランド愛が強いため、熱心に働き、辞めない(定着率向上)。
  5. 【伝播(Marketing)】 その熱気がまた新しい顧客(次の応募者)を呼ぶ。

これがマーケティングと採用の一貫性の正体だ。
高い広告費を払って求人を出さなくても、「店舗というメディア」に来店するファンが、自然と熱量の高い応募者になってくれる。

ゴンチャにおいて、マーケティング担当と人事担当は見ている方向が同じなのだ。
「顧客を熱狂させること」が、そのまま「優秀な人材を集めること」に直結しているのだから。


5|結論:マーケティングこそ、採用難の突破口になる

ゴンチャの事例が教えてくれるのは、
「採用」を「人事」だけの問題にしてはいけない、ということだ。

人が集まらないのは、時給が低いからでも、条件が悪いからでもない。
そのブランドが、「そこで働いている自分が想像できる(そしてそれが魅力的である)」状態になっていないからだ。

マーケティングで「顧客の居場所(部室)」を作れば、そこには必ず「その空気を守る住人(スタッフ)」になりたい人が現れる。

CX(顧客体験)とEX(従業員体験)は同期する。

事業開発やマーケティング担当者が描く戦略図の中に、
「従業員の顔」は描かれているだろうか?

もし描かれていないなら、その事業はいつか人で苦労する。
逆に、ゴンチャのように「顧客も従業員も同じ熱狂の渦に巻き込む」設計ができれば、
人口減少時代の日本においても、ビジネスは力強く成長するのだ。

マーケティングこそ、採用難の突破口になる。

ゴンチャの行列は、その事実を静かに、しかし強烈に証明している。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!