なぜスシロー「デジロー」は客単価を上げたのか|体験設計の仕掛けをマーケッターが読み解く

スシローが展開する「デジロー」が、いま飲食・小売業界のマーケッターの間で注目を集めている。

「仕組みはなんとなくわかった。でも、なぜ客単価が上がるのか?」——そこを深掘りした記事が意外と少ない。体験レポートや導入ニュースはあっても、設計の意図と顧客行動のメカニズムを結びつけた分析が見当たらない。

本記事では、マーケッター視点でデジローを徹底解剖する。仕組みの説明にとどまらず、「なぜこの設計が機能するのか」を体験価値設計のフレームワークで読み解いていく。


目次

デジローとは何か——開発背景と3つの設計要素

なぜ2022年に構想が始まったのか

デジローの構想が始まったのは2022年の夏だ。当時のスシローは逆風の中にあった。水産資源や燃料価格の高騰による値上げを余儀なくされ、加えてSNSでの不適切動画の拡散によりブランドイメージが傷ついていた。

この状況でスシローが判断したのは、「商品品質だけで戦うのではなく、店舗空間での過ごしやすさ、いることによる楽しさを差別化の軸にする」というアプローチだった。同年末にはモックアップが完成し、2023年4月に8名チーム+アクセンチュアの体制で本格開発がスタートした。

ここで重要なのは、デジローはコスト削減策として生まれたのではないという点だ。顧客体験の再設計という明確な意図のもとに設計されている。

65インチパネルが実現する3画面構成

デジローで注文する様子

デジローの本体は、各テーブルに設置された65インチハーフサイズの横長タッチパネルだ。全面タッチパネルで、左右どちらの席からでも自然に操作できるよう2つの注文パネルが同時表示される。

画面は大きく3つのモードで構成されている。

  • 回転ずしモード:ほぼ実寸大のすし画像がレーンを流れるように横切る。従来の回転ずし体験をデジタル上で再現したもので、流れてくる画像をタップするだけで注文できる
  • 注文パネル:メニューをカテゴリ別に選べる標準的な注文画面。タブレット操作に慣れたユーザー向けの入口
  • すしナビ(探索モード):全メニューをタイル状に並べて自由に探索できる画面。「何があるか見て回りたい」という行動に対応している

この3モードの設計が、後述する体験価値の核心と直結している。

オペレーション側の効果——廃棄ロス削減

顧客体験の話に入る前に、事業側のメリットも整理しておく。

デジローでは実物の寿司はレーンを流れない。すべて完全オーダーメイドで提供される。これにより回転ずし業界最大のコスト要因のひとつである廃棄ロスを大幅に削減できる。

効率化(分母の削減)と体験価値向上(分子の引き上げ)を同時に追求している設計——これがデジローを単なるUI改善と一線画す理由だ。


タブレット注文で何が失われていたのか

回転ずしの本質的な価値とは

回転寿司におけるついで注文

回転ずしの価値を「安くて旨い寿司が食べられる場所」と定義するのは半分正しく、半分足りない。

もう半分は、「流れてくる寿司を見て、あ、これ食べてみようという偶然の出会い」だ。ベルトコンベアを眺めながら、注文するつもりのなかったネタに思わず手が伸びる——あの体験がついで注文を生み、客単価を押し上げていた。

顧客体験を時間軸で捉えると、この価値は「使用中」の中でも注文前の探索フェーズで生まれている。メニューを選ぶ前に、視覚的な刺激によって欲求が喚起される体験だ。

【講師の視点】

体験価値を設計するとき、「使用中」にしか目が向かないことが多い。しかし顧客の価値知覚は「使用前・使用中・使用後」という時間軸の中で生まれています。タブレット注文はオーダーという使用中の体験を効率化したが、その直前にあった「流れてくる寿司との出会い」という探索体験をまるごと削り取ってしまった。この抜け落ちに気づかないと、効率化したはずが売上を下げるDXになります。

タブレットが生む「目的買い」の構造問題

タブレット端末での注文は一覧性が低く、探索性が弱いため、探しにくい

タブレット端末での注文には構造的な弱点がある。一覧性が低く、探索性が弱い

スクロールして探すUIは、「何を頼むか決まっている人」向けには優れている。しかし「何があるか見てから決めたい人」の行動とは相性が悪い。結果として注文は目的買いに収束し、「ついでにこれも」という追加注文が発生しにくくなる。

【現場でよくある失敗例】

DXの文脈で頻繁に起きる失敗が、「機能の追加」と「体験の再設計」を混同することです。タブレットにメニュー画像を追加したり検索機能を強化したりするのは機能改善です。しかしデジローが行ったのはそれではなく、「顧客がその場でどんな感情を持ち、何を体験したいか」という問いから出発した体験設計です。入口が違えば、辿り着く答えも違います。


なぜデジローは機能するのか——4つの力で分解する

新しい体験が顧客に受け入れられるかどうかは、行動変容を促す4つの力のバランスで決まる。デジローをこのフレームで分解すると、機能する理由が浮かび上がる。

デジローにおける行動変容を促す4つの力バランス
内容デジローにおける状態
Push(現状への不満)今の体験から離れたい力タブレット注文の「楽しくない」感覚の蓄積
Pull(新体験への魅力)新しい体験に惹かれる力流れるUI・大画面・ゲームが生む視覚的な楽しさ
習慣(現状維持の力)慣れ親しんだ体験に留まろうとする力直感的なタッチ操作設計で習慣の壁を最小化
不安(新体験への戸惑い)新しいものへの使いこなせるかという不安シンプルで視認性の高いUIで払拭

Push + Pull が、習慣 + 不安を上回る設計になっている——これがデジローが自然に受け入れられた構造的な理由だ。

注意しておきたいのは、体験に移行した後も設計は続くという点だ。使い始めて期待を下回ると「不安」が「不満」に変わる。不満と習慣の力が上回ると離脱につながる。デジローがゲーム機能や探索モードで継続的な楽しさを提供しているのは、使い続けてもらう設計まで考えているからだ。


業績・効果への影響(ファクトベース)

デジローの効果はデータでも裏付けられている。ここは断定を避けながら、公開資料の範囲でファクトを整理する。

導入効果(初期段階)
F&LCの開示資料によれば、デジロー導入初期の19店舗すべてで客数・客単価の上昇効果が確認されている。単一施策の効果を切り出すのは難しいが、初期導入店舗に限定した比較である点で信頼性は高い。

展開状況
2026年2月時点でデジロー導入店舗は全国150店舗を突破し、拡大が続いている。同社のサステナビリティレポートでは「客数や客単価増加の効果が見られるため拡大予定」と明記されており、社内評価としても有効性が認められている。

F&LC全体の業績
2025年9月期決算では、国内スシロー事業の売上収益が2,659億円(前年比+11.6%)、セグメント利益が180億円(前年比+26.7%)を記録した。値上げや商品力など複合的な要因があるため、デジロー単独への帰属は慎重に判断すべきだが、体験設計の再構築が業績に寄与している可能性は高いと言えるだろう。


マーケッターが自社に応用できる3つの設計原則

デジローの分析から導ける設計原則を3つに整理する。飲食業に限らず、EC・小売・アプリなどあらゆる顧客接点に応用できる。

原則1:使用前〜使用中をまたぐ体験を設計する

使用前・使用中・使用後の時間軸を考えることが大切

顧客の価値知覚は「使用前・使用中・使用後」の時間軸で生まれる。タブレット注文は「使用中(オーダー)」の効率化に成功したが、「使用前(探索・発見)」の体験を失った。

自社のサービスを設計する際は、顧客がそのサービスに触れる前の瞬間から、触れている最中、そして使い終わった後までを一連のストーリーとして想像することが重要だ。ECサイトのトップページ、アプリのホーム画面、店頭のレイアウト——すべてが「使用前の発見体験」の設計だと捉えられる。

原則2:機能的価値だけでなく感情的価値を設計する

「早く注文できる」は機能的価値だ。「あ、これ食べてみたい」という発見の喜びは感情的価値だ。顧客が本当に求めているのは、機能の充足だけではない。

感情的価値(個人的にどう感じたいか)と社会的価値(他者からどう見られたいか)にまで踏み込んだ設計が、体験の質を左右する。デジローのゲーム機能や「だっこずし」グッズは、子連れ客の「楽しい食事の時間」という感情的価値を狙った設計だ。

原則3:「出会いの導線」は設計できる

ついで買いは偶然の産物ではなく、設計の結果だ。デジローが回転ずしモードで実現したのは、「意図していなかった商品との出会い」を意図的に生み出すことだった。

この原則は業界を問わず使える。参考として、リクルートが提供するAirレジ オーダー(モバイルオーダー店内版)では、注文履歴からおすすめ商品を自動表示するレコメンド機能を展開しており、導入店舗の客単価は平均約110%に増加したというデータがある(導入前後365日間の比較)。省人化とレコメンドによる客単価向上を同時に追求する設計はデジローと同じ構造だ。

チェックリスト:自社の体験設計を評価する問い

先述の4つの力(Push・Pull・習慣・不安)は、自社施策の設計チェックリストとして機能する。

  • 顧客が現状の体験に感じているPush(不満・物足りなさ)を言語化できているか?
  • 新しい体験へのPull(魅力・楽しさ)を十分に設計できているか?
  • 習慣の壁(慣れ親しんだ操作・行動)を下げる工夫はあるか?
  • 新体験への不安を入口で払拭できているか?
  • Push+Pull の合力が、習慣+不安の合力を上回っているか?

まとめ

デジローはタブレット注文の「進化版」ではなく、失われた体験を取り戻した再設計だ。この視点の違いが、単なる機能改善と体験設計の本質的な差を表している。

3点に整理する以下の通りとなる。

  • デジローの本質は「注文端末」ではなく「発見体験の装置」
    回転ずしモード・すしナビという探索UIが、偶発的な出会いとついで注文を意図的に生み出している
  • 4つの力のバランスが体験設計の成否を決める
    Push+Pullが習慣+不安を上回る設計になっているか、が問うべき問いだ
  • DXの本来の勝ち筋は分母と分子を同時に動かすこと
    廃棄削減(分母)と客単価向上(分子)を同時に実現したデジローは、その教科書的な事例になりつつある

「業務を軽くするDXは誰でもできる。体験を強くするDXだけが、売上を伸ばす。」

自社のDX施策がどちらを向いているか——デジローの事例は、その問いを静かに突きつけてくる。


よくある質問(FAQ)

Q. デジローとはどんな仕組みですか?
A. 各テーブルに設置された65インチ横長タッチパネルで、寿司画像が実寸大でレーンを流れる「回転ずしモード」、通常の注文ができる「注文パネル」、全メニューを探索できる「すしナビ」の3画面で構成されます。実物の寿司はレーンを流れず、完全オーダーメイド制です。

Q. デジロー導入による効果はどのくらいですか?
A. 導入初期の19店舗すべてで客数・客単価の上昇効果が確認されており、同社のサステナビリティレポートでは「客数や客単価増加の効果が見られるため拡大予定」と明記されています。ただし業績への寄与は複合的な要因によるものであり、単独での定量評価は難しい状況です。

Q. タブレット注文はなぜ客単価が下がりやすいのですか?
A. タブレット注文は一覧性・探索性が低く、「目的のものを選んで注文する」目的買いに収束しやすい構造があります。回転ずし本来の「流れてくる寿司との偶発的な出会い」が失われることで、ついで注文が発生しにくくなり、結果として客単価が伸びにくくなることがあります。

Q. 飲食店のDXで客単価を上げるにはどうすればいいですか?
A. 省人化(コスト削減)と体験価値向上(売上向上)を同時に設計することが重要です。デジローの回転ずしモードやAirレジ オーダーのレコメンド機能のように、「意図していなかった商品との出会い」を設計に組み込むことが、ついで注文と客単価向上につながります。

Q. デジローの設計で参考になるフレームワークはありますか?
A. 「使用前・使用中・使用後」の時間軸で体験を捉える視点と、「Push・Pull・習慣・不安」の4つの力のバランスを評価するフレームが有効です。特に後者は「新しい体験が顧客に受け入れられるかどうか」を事前に評価するチェックリストとして実務で活用できます。

Q. デジローは現在何店舗に導入されていますか?
A. 2026年2月時点で全国150店舗を突破しており、引き続き拡大が続いています。2023年4月に本格開発がスタートし、約3年で急速に展開されています。


本記事で参照した一次情報(すべて公開資料)

スシロー・F&LC

Airレジ オーダー

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